ひなの歴史
ひなの歴史
1年目のできごと
平成16(2004)年7月28日、旧岩槻市初の精神障害者施設として作業所ひなはスタートしました。
運営は運営委員会。構成は家族会、岩槻保健センター、訪問看護事業所、春日部・こだま作業所、蓮田・かもめ作業所、ボランティア等。
作業はまだなくメンバーも少なかったので、活動内容は牛乳パック利用のペン立て作り、絵手紙、折り紙、スポーツ、レクリェーション、学習など、デイケア的なプログラムでした。
2年目のできごと
作業(自動車部品のバリ取り)が始まりました。ただ、毎日ではなく週4日の午前または午後1時間半のみ。活動日は週4日から5日に。
さいたま市に合併したことで「心の健康フェスティバル」にも参加。すでに同市の作業所連絡会にも参加しており、「さいたま市の作業所」ということが定着してきました。
3年目のできごと
遮二無二進んだ1年目、様子がわかってきた2年目、何とか形になってきたのが3年目でしょうか。
登録メンバーも増え、活動・行事も定着してきました。
一方、自立支援法の施行により小規模作業所は法内事業所に移行することが求められ、その前提として運営母体の法人化が視野に入ってきました。
4年目のできごと
開所3周年。
就労した人が2名出ました。
11月には3周年記念行事も行い、地域の人たちと賑やかに楽しい日を過ごしました。
ホームページの開設、ひな通信の発行なども行い、関係・医療機関向けにチラシを配布しました。
メンバーの方では、体調の変化で通所が困難になる人たちも出てきて、通所者が頭打ちになるという現象も出てきました。
5年目のできごと
新体系事業も運営に必要な法人化(特定非営利活動法人ひな)が完了しました。ただ、移行先の地域活動支援センターの条件である一日平均利用者10人は高いハードルです。
作業のほうは新たに十川ゴムからの室内作業、クロネコヤマトのメール便配達、他にレジ袋チラシ挿入などが入ったため、作業時間を毎日午前・午後計4時間としました。
4周年を記念し、塙和徳氏の講演会も。
6年目のできごと
作業に公園清掃が入りました。これにより工賃が以前の2,000円台から4,000円台にアップし、中には5,000円台の人も出てきました。
メンバー数も増加し、一日平均8人台という月が3ヶ月続きました。
5周年を記念し、映画「ふるさとをください」の上映と体験発表の会を開催。精神の病気をもつ人への理解・認識を訴えました。
7年目のできごと
新体系への移行先は「地活(地域活動支援センター)」ではなく「就労継続支援B型」(定員20名)に決定。
平林寺の建物の拡張は家主のOKが出ず、移転を決定。場所探しを始めましたが、岩槻は作業所(法律上は「工場」)を設置できる用途地域が限られており一向に決まりません。
改修用の基盤整備事業補助金の締切日も近づいてきます。
8年目のできごと
移行に明け移行に暮れた1年、難航の移転先探しは、補助金申請締切直前の5月にやっと終了。
マンション3部屋を借り、中を大改修。旧作業所の全てを移転しました。
作業はもとより日常の活動、年2回の日帰り旅行その他一切滞らせることなく、みんなで頑張りました。
移行直前12月~2月中旬までの無収入期間(タイムラグ)は、「ひな債権」(350万円)を発行し、乗り切りました。
9年目のできごと
新体系事業(就労継続支援B型)がほぼ定着。駅5分という交通の便も手伝ってか、メンバー数(特に一日の通所者数)が明らかに増加。就労者も3名。
事業収入も安定し、ひな債権第Ⅰ期分の償還も完了。
一方就労を意識した作業所になったことにより、居場所として利用したい人にはハードルが高くなったり、個人支援計画の作成・見直しで職員の負担も倍増。
10年目のできごと
メンバーはさらに増え、毎日賑やかです。作業として新たに、駐車場清掃、店舗清掃、草刈り(不定期)も加わりました。ひな債権第Ⅱ期分償還も完了。
他方、「B型」の目的である「就労の機会の提供」「技能・知識の向上」というよりも、日常生活の基本部分(食べる・寝るレベル)で支援を要する人もおり、対応する施設も近くにないので、その方向へ事業拡張も必要?
11年目のできごと
B型3年目。新作業「おしぼりタオル重ね結束」が加わり、長年やってきた「メール便配達」が困難になり中止。
イベントでは何と言っても「10周年記念」で、市内の当事者会元代表の方の講演会、メンバーによる10年間の活動発表、記念誌の発行などを行いました。
作業量増大で工賃が増えた人たちがいる一方、体に負担を感じる人も出てきたため、創作活動の時間をとり、絵画・ペン習字・塗り絵・ビーズ細工・外出などを選択出来るようにしました。